生活の詩のようであり、社会への書簡のようなもの。

生あたたかい血の通ったcontributionを、貴方と、アフリカと、そしてわたし自身に優しく美しく届けれるようになりたい。

デザイン

「機能的」であることが、デザインだと考えていた。

理論と目的の指向性が、デザインのことだと思っていた。

でも、余白を埋めていくように行われるそれは、なんだかとても、窮屈に感じた。

デザインって、こんなことなのかって、落胆した。

次第に「デザイン」ということば自体が、なんだか好きじゃなくなっていった。

でも、ふと、ぼくのなかでだけ、変えてみよう、って思い立った。

日常のなかでのささやかな発見を、やさしくて、あたたかくて、美しくて、素敵だと感じるたのしさや喜びに変換していく行為のことを「デザイン」と呼んでみたい、と思った。

「機能」はやさしさであって、そんな美しさのなかの、ひとつのこと。

余白を埋めていくのではなく、余白が生まれてしまうような。

そうした喜びを、何か社会と関わりのあるかたちとして、たちのぼらせること。

それは、コーヒーなのかもしれないし、椅子なのかもしれないし、器なのかもしれないし、服なのかもしれない。

そういうことを、ぼくはやっていきたいのかもしれない、と思った。